隔日おおはしゃぎ (Road of座)

Road of座(ロードオブザ)の代表大橋拓真が、ほぼ隔日でコラムを書くところ

♯68 おれは内的

お久しぶりです。大橋あらため自堕落です。大学生活も終盤になり、僕にとって人生最後かもしれない札幌の夏もとっくに終わっていきました。近くにたくさんいたと思っていた心を通わせた友人たちもいつのまにかもういません。思い出だけが最近の僕の希望です。思い出は記憶なので、夢に出ます。毎日毎日明け方遮光性が割と高めのカーテンがオレンジに輝き出すくらいの時間帯に真っ白の人工的な蛍光灯をリモコンで消して布団を頭にかぶります。唇に当たる、客観的にはすごく汚いであろう毛布が、慢性的に晴れない頭に沈み込む不安を少しだけ打ち消してくれるような安心感を与えてくれます。

スマホブルーライトがまぶたから消えるのを自覚するかしないかくらいのタイミングでいつも眠りに落ちます。いつも昔の思い出がたくさん出てきます。あいつとこいつがこんなところでそんなことしゃべってんのか~とか、小学生の頃に嬉しかった事の記憶とかが、詳細な出来事の記憶じゃなくて、それによって感じた強い喜怒哀楽の、極めてエッセンスな部分を煮詰めたような純粋な感情を覚えることができます。それがとても刺激的でとても楽しくて、人との約束やら授業やら、そんなものは全部すっぽかしてでも続きを見たい、続きを見たい、となっていきます。昼過ぎ目を少し覚ましてうすぼんやりと時間と状況と眠気を把握しているときの僕のIQは掛け値なしに2か、あっても3だと思います。現実と夢で夢の方が良いに決まってるということしか考えられないわけですから。

 

でもこんな僕でもたまに外に出ます。授業だったり、演劇の用事だったり、伊勢川の家だったり、まあ、だったりとか言いますが大抵この三つのどれかなんですけど。不思議と、現実より思い出が生き甲斐な期間と言うのは人間関係で悩んだりすることが減ります。たぶんどうでもよくなっちゃってるんだと思います。結局ここで今の僕の人間関係がこじれても、思い出には傷ひとつ付かないわけですよ。だったらもうなんでもいいかって思えるんだと思います。なんでもいいんだったらもう言いたいこととかやりたいことは周りの人がどう思ってようがもうそんな事は考えないで行くとこまでってしまおうって思えるんだと思います。だから不思議と、思い出と人間関係は相性がいいのかもしれません。みんな結局、本当のことにしか興味もないので、やりたいようにやってる人の方が、変に気を回してる人よりも好きになりやすいという事が、まあなんか自暴自棄になった自分に変に当てはまってるんじゃないか、なんてのはまあ、これまたこう思っていることをこれを読む人にどう思われようがどうでもよくなっちゃってるからこそ書けることなんですが。


それで、ふと思ったんですが、別にこういう感じで生きてる人ってけっこうありふれてるんじゃないかって思ったんです。現実より布団で勝手に見てる夢の方が楽しいとか言う人は、僕がはた目から見てもけっこう精神状態いくとこまでいってんなって思うので、もちろんそこまではいかないけど。普段外でペラペ~ラと喋って、もう、この人は、脳ミソの文章考えるところと、言葉を発声するところが最短距離で繋がってて、そこに内容を省みるような思考は挟む余地が全くないんだなって人、誰の周りにもいると思うんですが、そういう人って他の人から見たら陽気な人だとか、明るい人だとか、いい人だとか、少なくとも暗くはない、外向的な人だって、評価してしまうけど、案外その人は家じゃ死ぬほど何かに怯えていたり、自分を恐ろしく内向的な人だって自己分析してたりするのかもなって。自分のことは客観的に見れない!って、オマエ、言うほど実は人のことも客観的には見れてないんだぞって、これって警句ですね、自分自分って言ってる自分に対しての。


もう誰か、名前はなんでもいいので、あなたは精神を病んでいますので、って僕に言ってくれないかなと最近よく思い浮かべます。精神を病んでるって言ってくれさえすれば、僕のくそ反骨システムが起動して、精神を病んでるからって、ふん、頑張ってやるみたいな事になれる、って思ったりもするし、もしそのシステムももう長年チェックしてないやつだから、もう全くどうにもならないポンコツになってたら、そうですか、精神を。だったらもういっそ50年くらい寝かしといてもらえませんかって返すと思う。でもねぇ、僕は何よりも自分の精神の状態をひけらかして自称して同情買ったり他人に影響与えようとしたり、励ましてもらうのを図々しく待ったりするのが吐き気が出そうになるし、出来ないから、そういう救いもまた無いはずなんだなコレが。

 


あ、そうだ、ピアノもあるな。ピアノと思い出です。オエッ。僕を選ばなかった全ての存在に対して僕はピアノと思い出だけを窓口にして抗い、きっちり負けて惨めになるということをあと無限回くらいやって、この、人生最高に華々しい期間である大学生活を終えていきたいと思います。雪がつもる日だけが怖いんだけど、つもったときはちゃんと外に出て、誰よりも先に、誰も踏んでない雪を踏みたい。そうやって自分で何とかするしかないですね、この僕は。

 

以上自堕落あらため大橋でした。取り急ぎ死なないので大丈夫です。