隔日おおはしゃぎ (Road of座)

Road of座(ロードオブザ)の代表大橋拓真が、ほぼ隔日でコラムを書くところ

このブログについて

●このブログって?

このブログはRoad of座代表の大橋拓真のニート生活に彩りを与えようと、同じくRoad of座の伊勢川明久の好意の提案によって始まったものである。確実に隔日で大橋がおおはしゃぎするというコンセプトで立ち上げたられたブログだが、現在は大橋が月水金を、火曜を稲葉が、日曜を北原が担当している。

 

●Road of座って?

Road of座は、2017年1月31日、札幌某所にある定食屋で、札幌にある某有名大学に通う大橋、伊勢川、稲葉の3人が「喧嘩してもいい。公演中止だけはダメだ」の声の元、たちあげた劇団。
脚本家の極めてパーソナルな問題を、世界への皮肉としょーもないギャグでごまかしつつ客に押し付ける作風を得意とする。

 

●メール 

→ road.of.za2017@gmail.com

Twitter  

→ @Road_of_za 

●ホームページ

→   https://roadofza2017.wixsite.com/roadofza

●公式LINEスタンプ「あなあきアール君」

→  https://line.me/S/sticker/1501435

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かたはらいたし#3

ミーハーになりたい。
ほら私ってぇ、基本出不精で行動力に欠ける人じゃん?だからなんか計画して連れてってくれるヒトがいいんだよねぇ。

自分語りのめんどくさい行き遅れ女みたいなつぶやきをしたところで誰も遊びに連れてってくれないので外に出る理由は自分で探さなくてはならない。別に家でスプラトゥーンやってれば満足なんだけど、「大学生それでいいの?」的な声がどこかから聞こえてくる。何この幻聴。

イベントに巻き込まれたい、ドラクエの主人公みたいに。「巻き込まれたい」というあたりに自分から動く気がない感がにじみ出ているがものすごくしっくりくる表現である。巻き込まれたい。

そこでミーハーである。何か催し事があればよく知りもしないのにそこに飛び込んでいく姿勢。素晴らしい、絶対そっちのほうが人生楽しい。自意識過剰で自分のいないところでどんな風に言われているかを何より気にする僕だが「ミーハーじゃん」とか「ニワカ」と言われることについてはなんていうんだろう、あんまり響かない。これはチャンス。

ミーハーになるには「自分には関係ない」と、思わないことが第一歩である。

僕が通っていた高校は野球やら吹奏楽がかなり強いところだった。入学式のその日が甲子園の決勝で、校長がスピーチもそこそこに足早に甲子園の応援に向かっていったのが思い出深い。
高校の名前は同じでも僕たちのような「勉強組」と野球部などの「部活組」はコース、課程によって完全に分けられており、クラスも全く別々だったのである意味別の学校と言ってもいいぐらいだった。
野球部が甲子園に出ようが知り合いがいるわけでもなし、なんでそんな騒ぐん?といわれたことがある。お答えしよう、ミーハーだからだよ!

「母校」を「母国」に変換すればワールドカップやオリンピックも楽しめる。
ニュースでよく盛り上がっている人々が映されるが、あの人たちのなかで本当に心から応援してるのってどれくらいなんだろう。実際はただ盛り上がりたくて自分から巻き込まれにいってるだという、僕みたいな人もかなり多いんじゃないかと推理してるんだけど。

あ、すみません。そろそろintroっていう劇団のお芝居見に行くんで途中なんですけどやめますね。

みちづれ#4 榊原です

みなさんはじめまして。榊原禎拓です。

自己紹介と自分がこのブログに寄稿している経緯を申しますと、このRoad of 座はすでに旗揚げ公演を終えていまして、その際の出演者として僕が名を連ねていたわけです。過去公演を観て頂けた方(もしいたらですが)にはひとり芝居で叫んでいた輩と近藤教の神を名乗る役と言えばわかってくださるかと思います。
そして古川くんと同じように、所属の伊勢川から頼まれてこのブログを書いています。

テーマは自由ということでしたので、今回は観劇について話そうかなぁと思います。

みなさんは劇を観るのが好きですか?僕はそうでもありません。
「え!?演劇やってるのに!?」と思われるかもしれませんが、僕がやっているのは劇を作ること、役を演じることであって、劇を観ることは専門外なのです。

とはいえ流石に苦痛というほどではないのですが、学生という立場もありお金がそんなに無いなか、よほど観たい劇ではない限りお金を出したくない!というのが本音です。

あ、もちろんRoad of 座は観に行きますよ?

では、そんな僕が観劇するときはどんな時でしょうか。
まずは"友人である出演者に誘われたとき"です。これは鉄板ですね。断れないよ〜というのもありますが、単純にそいつの出てる劇なら観たいなぁと思わせてくれます。

次に"たまたま予定が空いていて、「この後劇観に行くんだけど、一緒にどう?」と言われたとき"
なるほど、これは仕方ないですね。もう「いいね、行こう」となるでしょう。

あ、以上です。
僕の中では大体この2つのパターンしかありません。少ないですね〜。
(これはもちろん僕個人の話で、演劇を作る人達は基本的に観劇も好きな人が多いですから、そこは勘違いしないでくださいね♪)

ここからわかることは、その人が観劇に対してどういった価値観をもっているかを事前に知っていれば、一番効果的な誘い方ができるということですね!

なんてためになるブログだ!

…え?当たり前じゃないかって?当たり前のことを当たり前にできれば人間苦労しないもんですよ。
これが念頭にあれば、「 あいつは観劇嫌いだから、役作りの相談から持ちかけて親身にさせて、本番観に来てくださいよ!で誘おう」というように作戦が立てられるわけです。キタナイぞ後輩!

僕は一体何を書いてるんでしょうね。これがRoad of 座のブログに乗ると思うと申し訳なくなってきましたね。

まぁ何が言いたかったかというと、知り合いでさえも確実に誘うのには相手からの「観に行くよ」という言葉を待つのではなく、来てもらうように仕向けることが大切というわけでした。

なんとか第一回公演の愚痴を披露せずに済みましたね(笑)
また機会があればブログでみちづれされに来るので、その時はよろしくお願いします。

以上、榊原でした〜

みちづれ♯3 やなぎさわさん

こんにちは。
第1回公演みぐるみにひっそりと関わっていた栁澤です。
前回ポエムを綴っていた難波くんはコントも書いていてですね、
私はそちらの方に出てました。
友達に会う度に、開いたチャックを見せつけられる経験をしたのは
後にも先にも、きっとこの時だけでしょう。貴重!貴重!( ゚∀ ゚)



お盆がはじまるか始まらないかぐらいまで実家に帰省していたら、
うちのおばあちゃんが88歳になっていたことを知りました。
88歳、つまり「米寿」を迎えていたそうです。節目ですねーめでたい!!

米寿のほかにも、例えば、60歳は還暦(生まれた年の干支に戻ってくるから)、
108歳は茶寿(茶という字を解体するとでてくる十十と八十八を足した)とか、
60歳から120歳になるまでの節目の年ごとに長寿のお祝いがあるそうです。

で、長寿のお祝いの時には"ちゃんちゃんこ"を贈ることもあるそうです。
ちゃんちゃんこ、、、ちゃんちゃんこ、、
「ちゃんちゃん」って何なんだろうって思って、
高校の時に英語の先生に聞いてみたんですが、いつまでたっても意味はわからず、
結局教えてもらえないまま卒業しちゃったんです。
友達と一緒になんだろうねーなんて考えながら話してみたりもしました。
結局わからないままでしたが。

米寿にちゃんちゃんこ贈るのかーって知ったついでにGoogleで調べてみたら、
あっという間に語源が出てきました。いい時代ですねぇー!

すぐ出てくるっていいのかもしれないけど、少し味気ない気もします。


ちゃんちゃん!

みちづれ♯2 なんばくん

こんにちは。

前回の公演でコントの脚本を書きました、難波です。

伊勢川さんからブログを書いて欲しいと頼まれたのはいいんですが、特に書くことが用意できるほど充実した夏休みを送っていないので、ポエもうと思います。日常ポエムです。

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前回の公演で「社会の窓」がテーマのコントを書いた。
僕はよく股間のチャックが開いている。だからコントにしてみた。
まわりは「開いていますよ」とはなかなか言ってくれない。が。
不思議と「開いているな」と感じる時ほど、まわりからの視線を感じるのだ。
先日、特に強く視線を感じたので男子トイレに駆け込んで確かめると、ズボンのチャックはもちろんのこと、トランクスのボタンも開いていた。
もしかすると出てたのかもしれないが、出てなかったとしても不思議だ。視線のエスパーか。

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永らく使っていなかったWiiの「似顔絵チャンネル」を見たことがあるだろうか。
そこそこ使っていたWiiではなく、もう4〜5年触りもしなかったWiiがいい。
手元にそんなWiiがある人はいますぐ見てみてほしい。そう。特段変わっていることはないのだ。10年前の世界がそのまま広がっているのである。
あのとき遊んでいた友達も、あのとき作った「いけてるじーさん」も、「ジョニー3せい」も、「す!にすよに」だって笑って歩いている。
Wiiスポーツで野球なんかすると最高だ。現実には永らく会っていないあのときの友達が何食わぬ顔で打席に立っているのだ。ユートピアだ。

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言葉は不思議だ。「所変われば」と言うが、ほんとうにそうだ。
僕はいわゆる「業界」でバイトをしているが、そこでは不思議な言葉が飛び交っている。
「まもなく曲あがります」
「CM落ちまーす」
あがる の反対は さがる じゃないのか。不思議である。

カメラ業界では「AF」はオートフォーカスを意味する。
ある時、事情があって風俗情報サイトを覗いていると、「AF」の2文字が目に入った。
その世界ではそれが オートフォーカス を意味していないのは明らかだ。

言葉は不思議だ。

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さて、ひと通りポエんだところで、そろそろお別れの時間です。
前回、僕も参加させていただいたロードオブ座は第2回公演をおこなうそうです。ぜひこのブログで情報をチェックしてみてください。

ブログといえば、僕、実は個人のブログをもっているんですよね。
http://e-genelog.hatenablog.com/
こちらでは不定期でくだらないことを書いてます。お暇でしたらぜひこちらにも。

それでは、さようなら!

みちづれ♯1 古川です

どうも、古川です。「いやどちら様ですか、知らないんですけど」って思われた方、知ってほしい。存在を知ってほしい。「あー、知ってますよ、あの古川ね」って思われた方、ありがとうございます。ありがとうございます。

僕は前回公演の「みぐるみ」に役者として出演していました。チャック空いてる人とかホームレス役をやっています。

うってかわって今回の公演では、出演していません。なんなら参加すらしていません!本番は帰省しているので観に行くことすらできません!!

今回のRoad of 座に対して何も出来ない僕は、せめてもの償いとしてこうしてblogを書いている訳です。

さて、最初の方に僕を知ってほしいと書いたものの、僕のことばかり書いてもおそらく退屈なblogになってしまうでしょう。そもそも僕にこのblogを書くように言ってきた伊勢川くんは何を僕に期待しているのでしょう。笑えるblogなのか、考えさせられるblogなのか、はたまた全く別のblogなのか。「本人に直接聞けよ」と思うでしょうが、今更聞く勇気が僕にはありません。そして、このblogが世に出たとき果たして読んだ人はどう思うんだろう、その人の期待に応えられずつまらないと思われたら嫌だな、怖いな。こんなことばかり考えてしまいます。

僕は今日あった面白い出来事をTwitterで呟けません。自分が面白いと思ったことが他人にとっても面白いのか分からないから。スベった発言に対してもっとこうすべきだったとうだうだ悩みます。次こそは面白くありたいから。これらは全て他人からの評価を気にするから思ってしまうことです。

勿論他人は僕が思うほど僕に期待し、評価を下している訳ではないことは分かっています。僕がTwitterで一瞬面倒だなと思われても、会話の中で一瞬スベっても他人との関係が悪くなるなんてことは恐らくないでしょう。でも、その一瞬でも他人の期待に応えられず、つまらないと思われるのが怖いのです。僕は常に面白い人間でありたい、面倒なんて思われたくない。他人様の期待に応えられればこの願いは叶います。
考えすぎかもしれません。でも、この考えすぎが原動力になることも多々あります。面白い人間になりたいから、お笑い芸人の漫才を見て勉強する。相手のツボを掴み、楽しく話せるようにする。他人の嫌なことを知り、しないよう努める。考えすぎ、元を辿れば他人からの期待に応えようとすることは大変ですが、プラスの結果を招く場合もよくあります。

しかし、期待をしてくれる他人がいなければ期待に応えようがありません。今このblogを読まれている方は、Road of 座に対して何かしらの思いを抱いていることでしょう。ならば、その思いを是非団員に伝えて頂きたいです。思いは団員にとって期待となり、彼らはそれに応えようと努力するでしょう。

そして、思いを伝えた皆様には、団員が期待に応えているかどうか評価するため、是非とも本番に足を運んでいただきたいです。期待に応えていたら褒め称えて下さい。応えていなければ煮るなり焼くなり好きにすればいいと思います。期待した甲斐があったのかどうか本番を観て皆様に確かめて頂きたいと思います。



ここまで読んで頂きありがとうございます。
では最後になぞかけをひとつ。


Road of 座とかけまして
離陸中のジャンボジェットの機長ととく

そのこころは

大きな期待(機体)と共に更に高いところへ飛んでいくでしょう



がんばれ、Road of 座!

(まあ、僕は観に行けないんだけどね。)

♯26 小さなライダー

そのライダーとは、日の暮れなずむ踏切を少し過ぎた辺りの真新しい一軒家の横で出会った。初夏の頃のその地域の夕方は涼しげで、近く来たる逢魔が時の気配を若干に含んでいた。

夜の峠道は恐怖である。ヘッドライトの照らす範囲だけが不気味に明るく、それを越えた場所には全く視野がない。ふと後ろを見ると通過してきた道が2、3メートルヘッドライトで明るいが、その先は闇に消えている。自分のバイク以外の明かりが何もないのだ。少しくさい例えをするならば『闇が追いかけてくる』感じである。曲がったと思えばまたすぐカーブが目の前に現れてまたハンドルを切る。前方に光を見つけ安堵してみれば、ヘッドライトをはねかえす反射板で、また心細くなる。なるほど心の寄る辺は月だけである。

そんなわけで私は道を急いでいた。ここから目的地まで峠が二つもある。そのライダーとは、そんな道中に出会ったのである。正確には出会ったというよりすれ違っただけなのだが。旅先でツーリング中と思しきライダーとすれ違うときは左手をあげるか、コクリと頷き合うというのが何となくの慣例で、私はこれを世界一短いコミュニケーションだと思っているのだが、そのライダーとも例によって世界一短いコミュニケーションを取ることとなった。

彼の車体は私のものより大分小ぶりで、赤と黄色の塗装が派手に施してある。今流行りの三輪車である。しかしその愛車にどれくらい乗っているのだろうか、その塗装の上に全体的に砂のような白い汚れが付いていた。あの小ぶりな車体のことだ。彼だけにしか見えない道をこれまでいくつも駆け抜けて来たのだろう。しかし未だ彼の目には好奇心に突き動かされる懐かしい情熱が所在なく虚ろに浮かんでいた。

前方にその姿を認めたとき思わず私は逡巡した。彼は日本にあって右側通行をしていた。交通法規を一切意に介せず、胸を張っていた。挨拶をすべきだろうか。力んだ拍子に時速が数キロ上がる。彼も負けじとスピードをあげる。おそらく5キロは出ていたように思う。彼はじっと私を見つめながらペダルを高速回転させていた。そして、左手をお洒落な角度で持ち上げた。よって思考が止まった私も手を上げる。その瞬間、私の中に彼の気持ちが流れ込んでくる感覚を覚える。不思議なものだ。0コンマ数秒の刹那に人の気持ちが分かるとは。だから答えた。

『羨ましいかい。君の三輪車より、私のバイクは大きいよ。スピードも桁違いだし、複雑な配線に繋げられたボタン、レバーを操作することも出来る。きっと君がこれに乗るにはまだ20年やそこらかかるだろう。君が町内会を一周回る間に私は日本中を回った。なのにどうして不思議だね。私は君が羨ましい。』

日はついに山の端に隠れ、東から夜が追ってきた。逆風にくしゃみ一つして、私はまた速さを競って走った。風の強さがなんだか笑えた。