隔日おおはしゃぎ (Road of座)

Road of座(ロードオブザ)の代表大橋拓真が、ほぼ隔日でコラムを書くところ

♯63 日本的なものと外国の関わり方のほんの覚書

そういえば最近、やたらとこだわってしまう文言がある。「日本は~」「日本人は~」これである。良いことを言うときも悪いことを言うときも、よく文頭についている。振り返ってみれば僕も前々からよく使っていた気がするこの表現。決まり文句のように何も考えずつけている人も多い気がするこの表現。正しいのだろうか。「日本は~」あるいは「日本人は~」と言うときは比較対象が明らかにせよそうでないにせよ、どこか外国と比べているのは明白である。でも、果たしてその言葉を使う彼らは一体どれほど外国の事を知っているのだろう。

どうも僕の見たところによると、この言葉はただの自分の国を相対化して見れてますアピールに過ぎないことが多いのではないか。「日本人はけちだ」と言われるといやお金使いたくないのはどこでもそうだろと思うし、「日本人はシャイだ」と言われると、シャイをもっと厳密に定義してから言ってくれと思う。実際立ち止まって考えてみると、いやそれって本当に日本・日本人だけにあてはまることなの?と問いたくなる言説がたくさんあるように思う。物事のある面を切り出して、それを補強するような一面的なデータを盾にして中立を装うような人々の奥底にある、ただの我の強さをかぎ分ける嗅覚を覚えねばならない。

というのも、バンクーバーに来て全く違った言語肌の色文化背景の人々と接してみると、「そんな違うのか!」よりも「なんだ、一緒じゃん」と思うことの方が多いからである。こればっかりは来ないと分からなかったなと思う。鼻が高くて肌が白くて瞳が青くてほりが深い人種四、五人に囲まれて英語で話しかけられる状況を想像して、それで自分はテンパるなと思ったら、きっとまだこの事は分かってない人だと思う。さすがに僕は全く何も思わなくなった。だってあの人たち所詮は俺らと同じじゃんって気づいたから。 日本人が大半罹る外人恐怖症はやっぱり治すべきだ。

とまあそうは言っても違うところは相当違う。たとえば前、机に座って先生の話を聞いているスイス人がいたが、椅子座らんかい、と思った。あと授業中の発言の積極性も外国人はやはりすごい。受けた教育がまるで違うことを思い知らされる。日本人が日本で机に座って授業受けようとしたらほぼ確実に、椅子座らんかい、と言われるし、それ内容と関係なくね、と言い返していたら最終的に生徒指導室で威圧的なオーラを放つ体育教師数人などに囲まれるはめになる。優劣どうのよりこれが違いである。

ではバンクーバーにおいてはどうすべきなのだろうか。我々日本人も西欧人を見習って机に座って授業を受けるべきだろうか。授業中よく注意された「おしゃべり」を率先してしていくべきだろうか。多分そんなことしなくていいのではないか。だって、机に座って色々喋りながら授業を受けるのが西欧の文化なら、机に座って黙って先生の話を聞いて指示に従うのが日本の文化だから。異文化体験したいのならばすればよい。だがきっと、日本人は外国人と比べて、消極的だ引っ込み思案だシャイだみたいな劣等感から無理やり西欧の人がやってるようなことをするのは滑稽ではないか。そう思っている時点で、あなたが模倣して埋めようとしている西欧への劣等感をむしろくっきり表してしまっている。劣等感を消すための努力がむしろ劣等感の表れになるほど皮肉な話もあるまい。世の常だけど。

とはいえちょっとしゃべらなさすぎると思う。日本人。

♯62 「死線や修羅場を越えてきた」

成長とは当たり前のレベルが上がることだ、と為末大は言った。これはとても深い次元で僕にモチベーションを与えてくれる言葉となった。周りのレベルに自分がついていけないとき。周りのレベルの低さに甘んじて努力を怠るとき。成長したいと思ったときの初動について。などなど、思い起こす時は多い。試しに、高校のレベルについて考えてみる。なるほど難関とされる高校からは、やはり難関大学への進学が普通である。そしてそれよりランクの低い大学へ行くと、落ちこぼれになる。だが、それほど難関でない高校からすれば、その落ちこぼれが行った大学が大成功と見なされているのだろう。その高校からすればたいした秀才である。結果が同じなのに片方は落ちこぼれ、片方は秀才となるこの理由について考えてみると、もちろん最初に元々の地頭の良さなどと言ってしまえるわけだが。僕には前からどうもそうは思えない。僕はこの違いの理由が、「甘んじて落ち着くとまあこのレベルだよね~」という印象を流布する周囲のレベルが違ってしまったということだと思う。そして実際、そのような印象操作というか、ある意味洗脳と呼んで差し支えない周囲からの圧力が集団を同質のレベルにしてしまっていると思う。

ところで、自分の経験に説得力を持たす言葉として、こんなものがある。

「今までどんだけ修羅場をくぐり抜けて来たと思ってるんだよ」

理解に難くはないがあえて分かりやすく言い直すと、

「今回の苦難よりももっと大変な状況を経験してきて、そのレベルに僕は慣れている。だから僕にとっては、今回のレベルはそんなに深刻なレベルじゃない。簡単だ」

ということになるだろう。「慣れ」というのは人間の能力の中でかなり重要なものである。小さいときに歩くことを覚えてから今まで歩けているのも「慣れ」言葉をしゃべっているのも「慣れ」手を洗うのも、お風呂で体を洗うのも、ご飯のときにお箸を使うのも全部「慣れ」による産物である。仮に、十年間お箸を使わなければきっと十年後急に箸を渡されてもうまく使えないだろう。人としゃべるのも然り、手を洗うのもお風呂で体を洗うのもまた然りとなる。

しかし実生活においての実感を考えてみる。僕たちはどうも、そのようなただ「慣れているから」出来るだけの事をさも「能力」であるように感じている。お箸を使う能力。人としゃべる能力。例にあげた行為ならまだ「慣れ」であると気づきやすいが、全てそうである。「面白いことを言う能力」「人を感動させる能力」「早く走れる能力」「英語を話せる能力」「人をまとめる能力」

天賦の才を反論点とすることはもちろん可能だろう。しかし、人が「私には早く走れる能力がない」と口にするとき、それはほぼ確実に「慣れ」不足、つまり「ただの練習不足」である。根拠はないが、どれだけ天賦の才を欠いていたとしても、必要な分だけただ単純に「慣れ」れば、自分には早く走る能力がないとのたまう必要はなくなるくらいには上達できるのではないだろうか。

僕は間近に人の死を体験したことがない。生まれたときにすでに母方の祖父母はいなかったし、父方の方は今も健在である。当然ながら「その年にもなって親族の葬式にも出たことがないのか、さっさと経験してこい」などと言ったりするのはただの暴言である。しかし、この世の中そんな雰囲気はごまんと感じられる。若造の経験不足をああだこうだいう老人とかである。

きっと我々に必要な能力は、個人が自由に出来る限りにおいて、そしてまた、人生の必要な段階において適切な量の「慣れ」をしていけるよう周囲の環境を能動的に選択していけるというものだと思う。「慣れてるかどうかだけの話じゃん!」というのが、案外いつか重要な局面で牙をむいてくる可能性がある。僕も時間と若さのあるうちに、時間と若さがないと出来ない「慣れ」をたくさんしていきたいと思う。

♯61 Road of座の2017年

これでキミもRoad of座のこと団員よりまるわかり!
Road of座2017年表!

2017年1月31日
札幌市某定食屋にて結成さる
3月21日
旗揚げ公演「みぐるみ」上演さる
4月6日
代表札幌から消滅
6月4日
ロゴ出現
6月16日
隔日おおはしゃぎ出現
7月9日
舞台アクションWS始まる
7月16日
舞台アクションWS開催
7月23日
舞台アクションWS開催
7月24日
Road of座スタンプ発売開始
7月29日
ブログにきたはらのかたはらいたし出現
7月30日
舞台アクションWS開催
7月31日
ブログにこいバナはるき出現
8月14日
ブログにみちづれ出現
8月29日
第二回公演「そいつのまわりをぼくたちは」上演さる
9月12日
代表セブ入り
10月14日
代表バンクーバー入り
10月15日
舞台アクションWS開催
10月22日
舞台アクションWS開催
10月29日
舞台アクションWS開催


早いもので、あと数時間で2018年。一月の旗揚げから第一回公演、ブログ、スタンプ、ワークショップ、第二回公演と、ノロノロしてたりやってみたり微妙だったり。思い通りに進まないこともありましたが、何とか解散せず、公演中止せず新年を迎えられそうです。それもひとえに協力してくださった方、見に来てくださった方々全員のおかげです。ありがとうございました。


2017年はRoad of座にとってはきっと忘れられない一年になると思います。なんてったって出来たわけだからね! 札幌に劇団出来まくりの昨今で、まさに『何その劇団』急先鋒を務めまくったRoad of座だったかもしれませんが、そんなもんです。一つ言えるのは、何かしたい、出来るかもしれないという思いがちゃんと小さな一歩として始められたということです。どこぞで煮詰まってるより良かった、と、思います。
来年は僕と伊勢川が三年生、稲葉は四年生と(同期だったのに不思議だね)そろそろ各々の進路等も考えながら過ごしていかねばなりません。でもきっとこの2017年の経験とその時間が、これからもっとよいお芝居を作る経験と時間になり、いいものを作っていけると思うのでどうぞお楽しみに!
来年もこのRoad of座をよろしくお願い致します。

それでは…、



よいお年を~~!

♯60 Road of座よりメルルィイイクルィイィスマァ

HO-HO-HO

よい子の諸君、サンタからプレゼントはもらえたかなー?
まだだという子は急いで日付変更線を目指そう!

クリスマスってのは何故か「勝ち」と「負け」が生まれる不思議なイベントなのさ。しかしこの場合「勝った」と意識してしまってるやつは既に負けてしまっている。理由は分からないけどね。じゃあ真の勝者ってのはどこにいるのかというと、それは「勝った」とも思っていないごく普通の顔してるやつさ。皮肉なもんだね。手近にそんなやつがいたら「強がんなよベイベ」と言ってみてから反応を観察しよう。キョトンとされたらキミの完全敗北。少しこわばったらそれは同志だから優しく手を握ってあげよう。ついでにキス。
残念だけれど、「負けた」と思ってるやつは本当に負けてるから心配しなくていいよ。そこにひねりとかはないから。


ここで一句

ゆき違い
積もらぬ白が
融ける服


「merry」というのは「幸せな、楽しい」という意味だから、「merry christmas」というのは「幸せなクリスマスを!」という意味になる。だからこれって本来はクリスマス当日には使わない表現なんだね。年越してからよいお年をって言わないのと一緒だね。関係ないか。厳密な意味よりも伝わるかどうかが大切だ。さしずめ伝わるかどうかというのは周囲の環境、厳密な意味は正統な血統。生物がどちらに従って生きるかは自明のじの字も待つまでもない。


さあそんなあなたは2017年のクリスマスというもう二度と来ない一日をどう過ごすのでしょうか。恋人と、気になるあの人と、友達と、家族と、パブで偶然出会った隣の人と、あるいは一人で。どんな一日でも朝が来て昼が来て夜が来る。こんこんと降る雪もうっとうしい雨も、全然真上に来てくれない太陽も、あなただけに来るわけじゃない。谷デカければ山またデカし。byぼく


メリークリスマス。メリークリスマス。

♯59 うねり

久々にブログを書く。伊勢川から、これはもはや隔日じゃなくて気まぐれおおはしゃぎだと揶揄されたがその通りである。しかしそれは詰まるところ波であり、ウェーブである。どんな海にも干潮と満潮があって、しけとなぎがある。会う人みんなが想像より都合よく動いてくれる日があったり、鳥のフンがつむじに落ちてくる日がある。氷河期があってそれが一万年前に終わったのもまた一つ。仮にそれが歴史の必然であるならば、況んやこのブログをや。

プロとは納期を守ること、とどこかで読んだ。金を取るからにはそこのけじめが最低ラインだと。怠惰な自分には極めて有効な箴言であるけれど、この考え方はあまり好きではない。見も蓋もない感じがしてしまうから。例えそうだとしても、言葉でそう言ってしまったらプロという途方もない広大な世界に納期という低い天井をしつらえてしまう気がするから。そしてそもそも僕はプロではない。

何か非常に重要で、いま必ず記録しておかねばと思い筆を執り序文を書くつかの間に既に忘れられたその非常に重要な部分。これもまたうねり。記憶のうねり。ふと忘れてしまったことは思い出そうとしても思い出せないで、しばらく経ってから、場合によっては一年や二年後に急に浮かんだりする。残念だと思うけど、自分にとって本当に大切だと思うことが「あっそういうことだったのか」と心に腑に落ちている時間は得てしていつもすごく短くて、書き残すためのペンと紙を探している間にこぼれ落ちて戻らなくなる。

このブログでは主に普段生活していてふと気づかされたり、教訓になったりしたことを極めて主観的な立場で書いてきたが、当然ブログの文章を定期的に(不定期的に)書くという営みからもいくつかの重要な示唆を得ることが出来てきた。一つは、人の目に触れる文章を書くというのはなかなかのストレスになるということ。二つ目は、自分は驚くほど少ない語彙と文法で文章を紡いでいたということ。三つ目は、どれだけ自分の臭いを消した文章を書こうとしても完全に消すことは出来ないということ。四つ目は、文章には静けさがあるということ。五つ目は、自己表現はすなわち自分の天井を周知してしまうということ。

黙して語らず大物感を出すのも良いけれど、成長はない。「恥を忍んでさらけ出すことが大切だ。」と吉田兼好も言っていた。どうせさらけ出すなら若いときにしといた方が良い。年を食って肥えたプライドと年少者への示しのつけ具合なんかに気が散ってしまう前に、スタート地点に立った方がいい。察されない文化に触れて一層その事が衝撃的に思い知らされた。誤魔化さず、卑屈にもならず尊大にもならないで自分にないものを吸収する態度とは何なのだろう。面倒な対話をスキップして西欧技術を輸入した猿真似が、やっぱり大和魂だ!という逆ギレに帰したのは偶然でもなかろう。

♯58 時間はロマンだ

幼い頃からモヤモヤしていて、でもきちんと全貌を掴みきれず、ちゃんと言葉を当てはめられなかったものにようやくたどり着けた気分。時間。時間だった。時間こそが、僕があらゆる手段を講じて追求していかねばならないものだと気づいた。

それは概念的で便宜的に作られた記号だと言える。時間がなければ人と約束することができない。「太陽があの山のあたりに来た頃」が関の山か。曇ったらおしまいである。腕時計があれば天候の不規則性を無化することが出来る。では腕時計が狂ったらどうなるだろう。いやそもそも我々はどうして腕時計が狂ったと認識できるのか。そもそもこの世で最も正確な時間を刻んでる時計はどれだ。グリニッジ天文台か。人体か。うるう秒ってなんだ。

時間というものを考えるには円のイメージと直線のイメージがある。円のイメージは循環で、人工的な繰り返し。直線のイメージは自然的で不可逆的な一方通行。不可逆という言葉は怖い。取り返しがつかないってのも怖い。二度とという言葉も窮屈。僕らは円のイメージで作られた社会のせいで日々をのうのうと過ごし、自然的な直線のイメージでそれを後悔する。一年後に同じ日は来るのに歳は一歳増える。しかし地球が太陽の回りを周期的に廻っているのは事実。いっそ周期など無い方が今日を良く生きれるのだろう。不安で夜も眠れないだろうけど。

時は「過ぎ去る」という表現が似合うが、僕は「積もる」の方が好きだ。時は人を強くもし、弱くもするのに目の前をただ過ぎ去っている訳がない。時は、過ぎ去るというには「今」にその痕跡を残しすぎている。目に見える痕跡と見えない痕跡があるけど、象徴的には見える痕跡が重要で、久しぶりに開けた倉庫の埃とか、引き出しの奥にずっとしまっていた紙にへばりついている輪ゴムとか。時が積もった様子はノスタルジーなしでは見れまい。

いろんな問題は元をただせば全て時間に関わるような気がする。愛も正義も真実も。因果の問題も時間の範疇にある。鐘を叩いたから鳴ったというよりも、鐘を叩いた時点と、音が鳴った時点が時間的に短いから我々はそこに因果関係を見出だす。しかしここまで考えてしまうと懐疑主義になって世界五分前仮説になってしまう。

楽しいことをしてたら時間は一瞬で、苦しいことをしてたら時間は長いらしい。時間はずっと均一に刻み続けている、という事実は僕にとっておおよそ最近の科学的事実のなかで最も信じがたい。寝ている時間とか。一瞬じゃん。一瞬。一回の瞬きと書く。時間を瞬きで表現するセンスはすごい。ところでうちの親父はトイレに一瞬で行ってくるという表現をよくする。人によって示す幅が異なる。宇宙にとっては地球が存在しているのも一瞬。人が今っぽく生きているのも一瞬。人によって状況によって時間の進み方は異なるってのはアインシュタインが既に。五億年スイッチという漫画もメジャーで周知に。一瞬の中に永遠があるってなんかロマンチック。ということは永遠が一瞬で過ぎていたりもするんだろうか。今日僕は何度永遠を過ごしただろう。数学と哲学が混ざるところ。アプローチの仕方が違っただけっていうのは面白い。

時間旅行が出来たらどうなるか。ワクワクするけど、やるともう普通に楽しくは暮らせなくなるだろう。ゲームで、負けてもセーブポイントに戻るだけみたいな心境なら、人生とゲームを区別できまい。ミスってもやり直せばいいなんてチートが出来てしまったら勝利の美酒も味がなくなる。ということは、やってしまった失敗とどう向き合っていくかがやっぱり人生の一番大切なところなのかな。

時間を擬人化するならどんな性格だろう。意地悪かな。誠実かな。道化。卑屈。活発。おしゃべりかな無口かな。タキシードでビシッと決めてそうだし、ホームレスみたいに汚くて臭そうってのもひねりがあって悪くない。見る人によってそれは変わるだろう。そこは普通の我々人間と同じ。やっぱり腕時計は何個もしているのかな。地球にはたくさん子午線があるから大変だ。かといって地球に掛りきりってこともないだろう。でも、それだけたくさん腕時計を着けていてもいつも見るのは胸ポッケの金の懐中時計。

時間はロマンだ。

♯57 どこから来たのか

いま着ているコートはとてもあったかい。去年の冬の始めに大阪のエキスポシティで買ったやつで、めっちゃ高かった。長く着るつもりだけど今はまだまだ新参。

いまかけているメガネは汗でよくズレる。前までかけていたメガネは軽井沢の温泉に入ってる最中にパキッと折れてしまったので無念ながら。買うとき時間がなかったため、フィットを確かめず買ってしまったためあまり馴染まない。

いま使っているスマホは二代目。前に使っていたスマホは高校2年から大学一年の二月まで現役だったけど、夜通し充電しても瞬時に20%まで減るというカルマに加えついに充電器を感知しなくなったため降板。愛着から前と同じ色を選んでしまったり、少し傾きだしていたシャープの製品を選んでしまっていたりと散々だがもうすぐ丸2年。水没を二度経験しながらも元気。

考えてみたら、今僕の身の回りを占めているもので、五年や十年現役で活躍し続けているものってあんまりなかった。体の細胞は一定期間で全部入れ替わってるというけれど、そんな感じかな。その分、それがどのような経緯を経て今僕の手元にあるのかよく覚えている。きっとさっきの調子で今持っているものがどこからどんな風に来たのか、全部説明できると思う。

僕自身はどうだろう。父と母の一対の細胞から増えて増えて増えて、そして僕の体は僕がこれまで食べてきた食べ物と飲んできた飲料で出来ているだろう。でもそろそろバンクーバーに乗っ取られてそうだな。じゃあ僕の心はどうなんだろう。と言うと、これまで僕が見てきたもの聞いてきたもの触ってきたもの嗅いできたもの味わってみたもの、インプットしてきたもので出来ているだろう。でもさすがに22年目になると、今の僕のこのポリシーがいつのどんな経験から形成されてるのかとか、あいつとそりが合わないのは過去のどこに原因があるのかとかはもう分からない。分からないけど、きっとそういう経験は「しわ」になっていく。眉間のしわ、目尻のしわ。ほうれい線。ものの場合は埃。埃は誇り。

自分に当てはめて十分考えたら、次は他人について考えてみよう。街を歩く。いろんな人とすれ違う。特にここはバンクーバー。変な人も関わりたくない人も煙たがられてる人もたくさんいる。みんな、今僕が自分の目を通して世界を見ているように、世界を見ている。つまらなそうにバスの運転をしている人がいる。つまらなそうだ。でも彼にも大笑いをしたことがあるだろう。いま着ている服はどこでどういう経緯で買ったのか、なぜ今バスの運転手をやっているのか。そもそもどうしてバンクーバーに来たのか。僕が知ることは無いけれど、聞けばきっと全部答える。道端で薬をやっているのか、ヘラヘラ笑いながら何かをしゃべっている人がいる。寝そべっている。でも彼にも本気でこの人を守りたいと思ったことがあるんじゃないか。いつどこで生まれたのか。少年期の一番の思い出は?いつどうしてドラッグに手を出したのか。いかなるストレスが彼をそこに追いやったのか。彼の身を案じる人間はこの世のどこかにいるのかいないのか。聞けばきっと知っている。そして答える。

殺人とは単なる命の強奪ではない。歴史の蹂躙である。小学生時代地元の絵画コンクールで銀賞を取ったとか、中学で好きな子がいたけどついに話しかけられず卒業したとか、自分より自分のことを知ってるような親友としのぎを削りあった学生時代とか、改めて四六時中話すわけでもない歴史の全てを踏みにじる。裏を返すと、思慮もなく他人の歴史を侮辱するような行為が殺人と蔑むべき対象なんだ。

誰かがここに置いたからそれはここにあるのだし、誰かが持っていってしまったからここにはもうそれはない。ここに何かがあるなら誰かがどこからか持ってきたはずだし、その「どこか」も、別のどこかから持ってこられたからそこにあったわけで、その「どこか」は必ずどこかにある。そして、僕は今ここにいて、誰かが僕をどこかへ連れていく。それは僕だ。