隔日おおはしゃぎ (Road of座)

Road of座(ロードオブザ)の代表大橋拓真が、ほぼ隔日でコラムを書くところ

♯41 暇エクストリームここに至れり

少年期の僕はつくづく暇を極めていた。少年期の僕のライフワークは、絵を描くことだったのである。しかし思うに僕は絵が上手ではない。余談だがその事を知ったのは小学校低学年であった。僕が描いた渾身の蛸を家族の誰一人蛸だと気づかなかったのである。あの日。そうあの日、僕は気付いた。そしてそれから今に至るまで僕は気付き続けている。

閑話休題。つまり僕が言いたいことは、全く上手でもないことを知りつつも。生産性も将来性もないことを知りつつも。まっさらな自由帳を文房具屋で見るたびワクワクしたり、鉛筆をむやみやたらに削りまくったりして絵を描いていた僕はどこまでも暇だったのであろうということである。そんなことを今日突如思い出したので、その片鱗をここに記す。

さて、僕が好んで描いたもの。それはへのへのもへじである。僕は昔からへのへのもへじに心を奪われてきた。なんといってもその過不足の無い合理性に見せかけた遊び心の多さに心惹かれる。そして、そのチャーミングさ。語感の良さ。何を考えているのかが全く読み取れない神秘さ。なんと均整のとれたイラストであろうか。最初こそ「も」の2画目と3画目の必要性を吟味したり、「じ」の濁点の意味を計りかねていた僕であるが、早い話、そんなことは全くもってどうでもよかった。納得できない人は勝手に「へのへのしへし」などという合理性の生んだ化け物を描いておけばよい。

へのへのもへじの偉大さのひとつに、鉛筆の力の入れ具合、滑らせ具合で無数に異なる人相を作り出すことが出来ることである。気になる人は今すぐ教科書の余白に10個ほどへのへのもへじを書いてみてほしい。全体的に薄ければ何となく存在感の薄い感じになるし、消しても跡が残るくらいの筆圧で描くへのへのもへじはなんとなく威圧的である。また「の」の目玉の部分をやたら左に寄せて描くと性格の悪そうな感じになるし、「じ」のあごの部分を大きくするとやたらごつくなる。そして「も」を強調すると何となく手塚治虫を彷彿とさせる。まさに楽しみ方は無限大。最初に考案した先人には尊崇と感謝の念を。

参考画像【オーソドックスなへのへのもへじ



と、言いつつも当時の僕は今にも増して自信家であった。他の人に出来るなら自分に出来ない訳がないと信じていたのである。よって次に僕が取りかかったことはこれである。

へのへのもへじに取って変わる顔を発見できないだろうか』

なんという傲慢であろう。へのへのもへじとは既に何千何万という人類が綿々と受け継ぎ淘汰を受けてきた、いわば「象徴的落書きの偶像」であり、本来これを越えることは出来ないはずである。しかしそんなことは露とも介さず僕は探し求めた。日夜「目」として適切なひらがなは何か、へのへのもへじが表現できていない顔のファクターは何であるのか、それらを求めて汚い教科書を積み続けた。そしてついに、一つの傑作に出会うこととなったのである。それが『ここへじん』である。


参考画像【ここへじん】


説明させてほしい。まず、「こ」の1画目最後の粘りによって瞳を描ききるという少々の荒業にして天才のそれ。これによってここへじんは気さくな陽キャラとなり得たのである。そして次に「じ」の濁点を鼻の穴にするという、悪魔的転回。この発想により、たとえどんな目を持つイラストであっても、鼻と口は安定した型を保持することが可能となった。そして極め付きは最後。「ん」の最初の部分を用いることで抽象的に、しかし確実に髪の毛を表現しきり、かつ自由度の高い「ん」の後半で輪郭を描くことを可能とした。なんという発明であろう。当時真剣にここへじんで著作権を取ろうとしたことも頷ける傑作である。今はフリー素材となっているので、暇を持て余すヒマっぴヒマちゃん諸賢はシャーペンを分解するくらいなら、自分なりのここへじんを各自探求してみてほしい。自信を持っておすすめする一品だ。


参考画像【ささくれ】

こちらはここへじんほどの手応えはなかったものの、そのハイカラな雰囲気が私の胸を強く打ったのである。この、男とも女とも言えぬアンニュイな空気感、透明感。あえて口を表現しないことで無限の想像を掻き立てている。一目見て、思いつきで考えたと思わせつつ「さ」の1画目をまゆ毛にしていることや、一見この類いのイラストを描く際に利用価値無しと見なされる「れ」の、よく分からない部分を、よく分からないまま、しかし確実に古墳時代の日本人の髪型っぽく見せているのである。『ささくれ』名前ありきで考えたのか偶然なったのかは今となっては風の中と言うほかない。

今日突発的に思い出して描けたのはここへじんとささくれだけであったが、僕の記憶によると僕はこの調子で30人の一クラスを結成し、四コママンガ調で日常風景を描いていこうとしていた。なので他にも28種類ほど考えていたはずなのだが、思い出せない。確か、ここへじんの双子の弟で「へじん」の部分は同じというヤツが二、三人いた気がするが。闇の深い小・中学校の書類を漁ってまでは確かめない。

なんていうか、暇だったのである。